- Piano Ballad
- 2024年7月30日
- 2026年8月22日
【レビュー】ビル・エヴァンス『Moon Beams』悲しみを抱いた静謐なバラード名盤
ビル・エヴァンスの中で好きなアルバムの1つ『Moon Bea……

耳で感じた違いを、数字で確かめる
ビル・エヴァンスのオリジナル曲「One for Helen」は、マネージャーだったヘレン・キーンに捧げられた曲です。この曲を、1966年のTown Hallと1968年のMontreuxの演奏で聴き比べると、まったく違う曲のように聴こえました。
これは私の耳の印象です。この印象が、数字でどこまで裏づけられるのか。2つの音源のFLACを解析して確かめました。
比べたのは、次の2つです。
| Town Hall | Montreux | |
|---|---|---|
| 演奏 | 1966年2月21日、タウンホール(ニューヨーク) | 1968年6月15日、モントルー・カジノ(スイス) |
| メンバー | ビル・エヴァンス、チャック・イスラエルズ、アーノルド・ワイズ | ビル・エヴァンス、エディ・ゴメス、ジャック・デジョネット |
| 使った盤 | 『At Town Hall』UHQCD盤のボーナストラック(同じ公演の演奏。CD化の際に追加された3曲の一つで、「One for Helen」は未発表とされる) | SACDハイブリッド盤(UCGU-7033)のCD層。オノ・セイゲンによるDSDリマスター |
| 取り込み | 16bit / 44.1kHz FLAC | 16bit / 44.1kHz FLAC |
私の装置ではSACDを再生できないので、Montreux側はCD層を聴いて、解析しています。SACD層の音ではありません。
この2枚は、マスタリングの世代も作り手も違います。したがって、以下で見る差には、「演奏の違い」と「この2枚の盤の違い」が混ざっています。
ピアノ・ベース・ドラムが混ざったステレオ音源なので、個々の音を正確に取り出すことはできません。音名の分析は、大まかな傾向を見るものです。

| 項目 | Town Hall | Montreux |
|---|---|---|
| ピーク | −4.5 dBFS | −0.01 dBFS |
| 平均音量(LUFS) | −20.7 | −18.5 |
| DR(概算) | 15.8 dB | 18.5 dB |
| 0.4秒RMSのばらつき(P90−P10) | 10.7 dB | 10.0 dB |
| 左右の相関(1に近いほど中央寄り) | 0.92 | 0.65 |
| 2〜8kHz帯のエネルギー比 | 0.34% | 1.37% |
| 8〜16kHz帯のエネルギー比 | 0.05% | 0.37% |
| 99.9%ロールオフ周波数 | 約5.1kHz | 約9.8kHz |
| 基準音からのずれ(推定) | −2セント | +7セント |
| テンポ(推定) | 約99BPM | 約123BPM |
| クロマのエントロピー(最大3.58bit) | 3.07bit | 3.18bit |
| 1拍あたりのピッチクラス数(閾値0.5) | 約3.0 | 約3.1 |
同じ調で演奏している
2つの音名分布(クロマ)の相関は、移調なし(シフト0)のときに最大でした。Town HallとMontreuxは、同じ調で演奏されていると推定できます。調の名前までは、この解析では決められません。
基準音の差は約9セント
基準音のずれは、Town Hallが−2セント、Montreuxが+7セントでした。差は約9セントで、半音の10分の1程度です。数値としては小さな差です。推定には数セントの誤差もあります。
テンポはMontreuxの方が速い
自動推定では、Town Hallが約99BPM、Montreuxが約123BPM。Montreuxの方が2割前後速いと推定されるが、自動推定のばらつきがあり、手動の確認はしていない。
ダイナミクスの差は、ピークの高さから来ている
DRはMontreuxの方が大きい(18.5dBと15.8dB)のですが、これはピークの高さの差が主な理由です。音量の波の大きさ(0.4秒RMSのばらつき)は、Town Hallが10.7dB、Montreuxが10.0dBで、ほぼ同程度です。「Town Hallはダイナミクスがない」とは、数字からは言えません。
高域とステレオ幅の差は、盤の差を含む
Town Hallは、高域がほとんど出ていません。99.9%ロールオフは約5.1kHzで、8〜16kHz帯のエネルギーは全体の0.05%です。左右の相関も0.92と、ほぼ中央寄りです。Montreuxは、2〜8kHz帯が約4倍、8〜16kHz帯が約7倍あり、ステレオも広い(相関0.65)。
この差が、録音の違いなのか、マスタリングの違いなのかは、2つのファイルだけでは分かりません。UHQCDとSACDハイブリッドのCD層という、別の盤どうしの比較だからです。
音名の分布は、Montreuxの方がやや分散している
Montreuxの方が、クロマのエントロピーが高い(3.18bitと3.07bit)。音名の分布が、全体に散らばっています。Town HallではGとF#の比率が高く(17.1%と14.2%)、MontreuxではA#、E、Dなどが増えています。
ただし、エントロピーの差は小さく、1拍あたりに鳴っているピッチクラス数(閾値0.5)は、2つともほぼ同じでした。この差が演奏の違いなのか、ミックスの違いなのかも、特定できません。
数字の上では、基準音の差は約9セントです。小さな差です。それでも私の耳には、耳障りなほどに感じ取れました。
その印象から、私は「Montreux盤には、テンションノートが随所に入っている」と感じました。音名の分布がMontreuxの方が分散していることは、この印象と矛盾しません。ただ、それだけでは、テンションノートが入っていると言える根拠にはなりません。
感想としては、そう聴こえた、ということです。数字が裏づけたのは、「同じ調で、テンポが違い、音名の分布がやや違う」というところまでです。
これらを確かめるには、採譜(たとえばHal Leonardから出ている『Bill Evans at Town Hall』の採譜集)と、音を突き合わせる必要があります。
耳で感じた違いは、数字で完全に説明できるわけではありません。それでも、数字を置くことで、どこまでが言えて、どこからが言えないのかが、はっきりしました。