ビル・エヴァンス「My Foolish Heart」をスペクトル・ピッチ解析|Analogue Productions盤とXRCDの違い

前回の記事で、『Waltz for Debby』のAnalogue Productions盤(CD層)とXRCDを聴き比べました。違いが出たのは、ベースの質感です。私の評価は、Analogue Productions盤が5、XRCDが3でした。

その違いが、数字にも出るのか。「My Foolish Heart」の音源データで確かめます。

耳で感じた違いを、数字で確かめる

結論は、同じオリジナル・マスターテープからの、別々のリマスターです。Analogue Productions盤は、音が約3dB大きく、65〜123Hzの低音の比率が7ポイント高い。XRCDは、262Hz以上の中高域の比率が高い。そして、2つの音は絶対位相が逆です。

比較した音源

Analogue Productions盤XRCD
使った盤ハイブリッドSACD(CD層のみ)XRCD
音源オリジナル・マスターテープオリジナル・マスターテープ
リマスターダグ・サックス(The Mastering Lab)アラン・ヨシダ
取り込み16bit / 44.1kHz FLAC16bit / 44.1kHz WAV
長さ299.5秒298.9秒
解析した曲「My Foolish Heart」「My Foolish Heart」

2枚とも、オリジナル・マスターテープからのリマスターです。違うのは、リマスターを担当した人と、その手順です。

SACD層は、再生できる装置がありません。解析したのは、Analogue Productions盤のCD層だけです。

音声データ解析

  • 音量とダイナミクス: ピーク、平均音量(LUFS)、DR、0.4秒ごとのRMSの分布。DRは、DR Meterの表示値に換算した値です。
  • スペクトルとステレオ: 帯域ごとのエネルギー、99.9%ロールオフ周波数、左右の相関。
  • ピッチとテンポ: 基準音(A=440Hz)からのずれ、2つの音源の速度差。
  • 音名: ハーモニック成分のクロマ、1拍あたりのピッチクラス数。
  • 位置合わせ: 2つの音源の時間のずれと、絶対位相。

解析結果

項目Analogue Productions盤XRCD
ピーク−0.00 dBFS−1.73 dBFS
平均音量(LUFS)−18.3−21.0
0.4秒RMSの中央値−23.1 dBFS−26.3 dBFS
DR(DR Meter換算)13.4 dB13.3 dB
0.4秒RMSのばらつき(P95−P10)15.8 dB16.3 dB
左右の相関0.1010.098
99.9%ロールオフ周波数約15.0kHz約14.8kHz
基準音からのずれ(推定)+16.4セント+14.6セント
1拍あたりのピッチクラス数(閾値0.5)約2.3約2.4

数字から読み取れること

同じテープの、別々のリマスターです。 スペクトログラムは、2つとも、音の出る場所と強弱の流れが一致します。音名の分布も重なり、12音名の分布の相関は、移調なしで最大の0.997です。差が最大なのはE(Analogue Productions盤9.45%、XRCD8.89%、差0.55ポイント)とB(13.81%と14.36%、差0.54ポイント)です。音楽の中身は同じで、違いはマスタリングにあります。

Analogue Productions盤の方が、音が3dB前後大きい。 平均音量は2.7LU、0.4秒RMSの中央値は3.2dB違います。ピークも、Analogue Productions盤は0dBFSまで使い、XRCDは−1.73dBです。それでも、DRは13.4と13.3で、Analogue Productions盤が0.15dB大きいだけです。音量を上げても、ダイナミクスは削られていません。フルスケール付近(0.9999以上)のサンプルは、どちらも0です。

低音は、Analogue Productions盤が厚い。 オクターブごとのエネルギーの比率です。

オクターブ(音域)Analogue Productions盤XRCD差(XRCD−AP)
C1〜B1(約33〜62Hz)3.2%3.0%−0.2
C2〜B2(約65〜123Hz)28.5%21.5%−7.0
C3〜B3(約131〜247Hz)23.4%20.8%−2.7
C4〜B4(約262〜494Hz)27.3%31.9%+4.6
C5〜B5(約523〜988Hz)13.9%18.3%+4.4
C6〜B6(約1.05〜1.98kHz)3.0%3.9%+0.8
C7〜B7(約2.09〜3.95kHz)0.6%0.6%−0.0

C2〜B2は、Analogue Productions盤が7.0ポイント多い。C4〜B4とC5〜B5は、XRCDが4.6ポイントと4.4ポイント多い。これは全体に対する比率なので、音量の差とは別の、音のバランスの差です。比率は、C1(約32Hz)からB7(約3.95kHz)までの7オクターブの中で計算しています。

1/3オクターブごとの平均スペクトルでも、同じ形です。音量の差(100Hz〜10kHzの中央値で、XRCDが2.7dB低い)を除いて、形だけを比べると、次のようになります。

帯域XRCD−Analogue Productions盤(形のみ)
50〜200Hz平均−1.2dB(−0.5〜−1.6dB)
250〜1.3kHz平均+0.7dB(+0.2〜+1.1dB)
4〜13kHz平均−0.9dB(−0.6〜−1.2dB)

XRCDは、低音が約1.2dB少なく、中域が約0.7dB多く、高域が約0.9dB少ない。16kHz以上のエネルギーも、全体に対してXRCDが0.6dB低くなっています。

ステレオの広がりは、ほぼ同じ。 左右の相関は0.101と0.098、中央成分に対する左右差成分のレベルは−0.88dBと−0.82dBです。帯域別でも、差は0.2dB以内に収まります。

帯域(左右差成分−中央成分)Analogue Productions盤XRCD
250Hz未満−1.23dB−1.41dB
250Hz〜4kHz−0.54dB−0.43dB
4kHz以上+0.04dB+0.17dB

基準音は、どちらも+15セント前後で、差は小さい。 Analogue Productions盤が+16.4セント、XRCDが+14.6セントで、差は1.8セントです。速度差から求めた音程差は1.17セント(Analogue Productions盤が高い)で、向きが一致します。どちらも、A=440Hzより約15セント高い、約443.5Hzです。

2つの音は、絶対位相が逆です。 位置合わせの相関が、XRCDを反転させたときだけ正になります。47区間の相関の中央値は0.966、最小でも0.73です。どちらが正相かは、この解析では決められません。

2つの時間のずれは、一定ではない。 開始位置は、Analogue Productions盤の演奏がXRCDより約175ms遅れています。ただし、このずれは曲の中で171.9msから179.8msの間を揺れ、直線から最大218サンプル(4.9ms)外れます。同じテープでも、別々にリマスターした2枚は、時間軸が完全には一致しません。

私の耳の印象と、数字の関係

前回の記事で、ベースの質感はAnalogue Productions盤が5、XRCDが3と書きました。この印象は、数字と同じ向きです。65〜123Hzの比率は、Analogue Productions盤が7ポイント高く、50〜200Hzの形も、XRCDが1.2dB少ない。音量も、Analogue Productions盤が3dB前後大きい。

ピアノの音と空気感は、どちらも5と書きました。ステレオの広がりが同じで、音名の分布の相関が0.997であることと、矛盾しません。違いは、低音から中域にかけての、音のバランスにあります。

この方法では測れなかったこと

  • 2つの音の差分。 時間のずれが一定ではなく、直線では位置合わせができません。音量を合わせた後の差分(null depth)は−0.06dBで、比較に使える値ではありません。
  • SACD層。 再生できる装置がなく、Analogue Productions盤はCD層だけを解析しました。
  • 同じ音量にそろえた聴き比べ。 Analogue Productions盤の方が3dB前後大きいので、「低音が厚い」という印象の一部は、音量の差で説明できます。数字では、ここを分けられません。
  • この1曲以外。 解析したのは「My Foolish Heart」だけです。アルバム全体の傾向は、測っていません。
  • テンポ。 ルバートのあるバラードなので、テンポの推定値は使いません。

まとめ

  • 2つの音源は、同じオリジナル・マスターテープからの、別々のリマスターです。12音名の分布の相関は0.997です。
  • Analogue Productions盤は、音が3dB前後大きく、65〜123Hzの比率が7.0ポイント高い。
  • XRCDは、262Hz以上の比率が高い。C4〜B4は4.6ポイント、C5〜B5は4.4ポイント多い。
  • DRは13.4と13.3、ステレオの広がりはほぼ同じです。違いは、ダイナミクスや広がりではなく、音量と、低音から中域のバランスです。
  • 2つの音は、絶対位相が逆です。
  • ベースの質感を重視するなら、Analogue Productions盤です。

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