ジェフ・ベックが「Cause We’ve Ended As Lovers」を捧げた相手であり、ローリング・ストーンズへの加入をあえて断った男。それがロイ・ブキャナンだ。スターダムとは無縁のまま、ボリュームノブとトーンノブだけで泣き、叫び、ささやくギターを鳴らし続けた「ギタリストのためのギタリスト」。今回は、彼の音楽的背景、テレキャスターへの偏執的なこだわり、そして彼の人生と重なる3枚のアルバムを紹介したい。
最近だと中古市場でも入手困難になってきているので、少しでも気になったら購入をおススメする。2030年以降消滅しているかもしれない。過去の偉大な資産は残さなければならないし、後世に受け継いでいってほしい。
音楽的背景
ロイ・ブキャナン(1939年、アーカンソー州オザーク生まれ、本名リロイ・ブキャナン)のルーツはロカビリーとカントリーにある。10代でロックンロールバンドを率いた後、ロカビリー歌手デイル・ホーキンスやロニー・ホーキンスのバックバンドでキャリアを積み、フレディ・キャノンやマール・キルゴアといったアーティストのセッションも経験した。60年代はワシントンD.C.周辺でひっそりと活動する無名のサイドマンにすぎなかったが、その腕前はジョン・レノン、エリック・クラプトン、マール・ハガードといった大物たちの間で密かに語り草になっていた。
転機は1971年。PBSのドキュメンタリー「Introducing Roy Buchanan」(後に「The World’s Greatest Unknown Guitarist」として知られるようになる)が放送され、一夜にして全国的な注目を集める。この番組をきっかけにPolydorと契約、ようやくソロアーティストとしての道が開けた。彼の音楽はブルース、カントリー、ゴスペル、ロカビリーが渾然一体となったもので、ジャンルという枠組みそのものを軽く超えていく。
Fender Telecasterに拘った理由
ブキャナンが生涯手放さなかったのは、1953年製フェンダー・テレキャスター(シリアルナンバー2324)、愛称「ナンシー」だった。テレキャスターはレオ・フェンダーがラジオ修理工上がりのエンジニア視点で設計した、装飾を排した”働く男の道具”のようなギターだ。しかしブキャナンはこの単純明快な設計を逆手に取り、ボリュームとトーンのノブだけで擬似的なワウ効果や音量スウェルを作り出し、ピンチハーモニクスで金属的な悲鳴のような音を生み出した。
「ナンシー」の主なスペック
彼が入手したのは1969年。経緯には本人談(理容学校に通っていた際、道を歩く男を追いかけて紫色のテレキャスターと交換した)と、友人談(実際にはギブソン・レスポールを交換に出した)の2説があるが、いずれも「1969年」という時期は一致している。
- ボディ:アッシュ材(当時のブラックガード・テレキャスター標準仕様)。黒いベークライト製ピックガードとの組み合わせから「ブラックガード」と呼ばれる世代
- ネック:メイプル1ピース。1953年当時のフェンダーらしい、現行モデルよりやや厚みのあるシェイプ
- フレット:後年ジャンボフレットに打ち替えられているが、それ以外はほぼオリジナルの状態を保持
- ブリッジ/サドル:真鍮(ブラス)製の3連スロテッド・サドル(1弦につき2本ずつを1つのサドルで受け持つ、当時特有の非補正方式)。ブリッジプレートはハイE・ローE側がスタンプ加工された独特の質感を持つ
- ペグ(チューナー):1953年製という時期から、クルーソン製のオープンシェル・タイプ(1952年以降フェンダーはこの仕様に切り替わっている)
- ピックアップ:オリジナルのシングルコイル×2(ネック/ブリッジ)。ブリッジピックアップの巻線が一部断線していたとされ、これが彼の甲高く伸びるトレブルと”人の声のような”ミッドレンジ、抑えられたローエンドという唯一無二のトーンの隠れた要因になっていたと指摘されている
- その他:3ウェイのコントロールスイッチ、テレキャスター特有のドーム型ノブ。ヘッドストックの穴(壁の釘に掛けて保管するため自ら開けたもの)や、指板の激しい摩耗など、”生涯使い倒した”痕跡がそのまま個体の個性になっている
アンプとサウンドメイキング
キャリア初期はFender Vibroluxを愛用し、ボリューム・トーンともにフルテンにした状態から、ギター側のノブだけで音量・音色をコントロールするスタイルを確立した。キャリアの大半を通してはFender Super Reverbに落ち着き、アメリカ製アンプらしいクリーンなヘッドルームの広さと、内蔵スプリング・リバーブの自然な響きを好んで使用していたという。
さらに特筆すべきは、より歪んだ音を得るためにアンプのスピーカーコーン(紙製)にカミソリの刃で切れ込みを入れるという荒業だ。同時代にはキンクスのデイヴ・デイヴィスも同様の手法を用いており、エフェクターに頼らずアンプそのものを”改造”して音を作るという発想は、当時のギタリストたちに共通した創意工夫の一つだった。
彼はこの1本のギターとVibrolux/Super Reverbという組み合わせを1969年から1985年まで実に16年間弾き続け、Polydor/Atlantic時代のアルバムジャケットのほとんどに写っているのもこのナンシーだ(1985年以降はビル・ローレンス製ピックアップを積んだ1983年製テレキャスターとギブソン・レスポール・ゴールドトップに持ち替えている)。エフェクターを使わず、ボリューム/トーンノブとピッキング、そしてアンプの改造だけでこれだけの表現の幅を引き出せたのは、量産品として設計されたはずのテレキャスターとアンプが持つポテンシャルを、ブキャナンが誰よりも深く理解し弾きこなしていたからだと言えるだろう。
Roy Buchanan(1972年、Polydor)

1971年のPBS出演から契約を勝ち取った直後に制作されたセルフタイトルのデビュー作。ニューヨークのレコード・プラント・イーストで録音され、「The Messiah Will Come Again」など後年まで愛される代表曲を収録。ちょうどこの時期、ローリング・ストーンズへの加入を打診されたという逸話(ミック・テイラーが得た座を断ったという話)が広まっており、無名の時代から一気に注目を浴びる中での初アルバムだった。
私は紙ジャケットSHM-CD盤を購入。一番音質がいいからだ。もしオープニングが『スウィート・ドリームス』でなかったらこのアルバムは聴かなかっただろう。ボリュームを手動で調整して、ギターをバイオリンのように弾いている。この曲でノックアウトされた。あとはメジャーな『The Messiah Will Come Again』でゴスペル調の曲なのがいい。カントリー調であったりロカビリー調であったりと異彩な曲調のアルバムは恐らくこのアルバムしかないのではないか。
That’s What I Am Here For(1973〜74年、Polydor)

Discogsの初期プレス盤には1973年のクレジットがある一方、AllMusicなどでは1974年作として紹介されており、資料によって表記に幅がある点は留意したい。いずれにせよ、前作『Second Album』(1973年)がゴールドディスクを獲得し、ブキャナンの評価がキャリアの頂点に近づいていた時期の作品だ。皮肉にも商業的な成功が近づくほど、彼自身は「有名になりたいと思ったことは一度もない」と語っており、スターダムへの無関心と急速に高まる評価との間のズレが、この時期の彼を象徴している。
こちらも紙ジャケット盤を購入。『Roy Buchanan(1972年、Polydor)』よりリラックスしていて少し拍子抜けする感じ。ただギターに関してはヘビーメタルでも掛けたような激しい音色でフレーズも攻撃的だ。
2曲目『ヘイ・ジョー』はジミヘンのカバーでボーカルは別としてこのギターならジミヘンも納得するだろう。
Live at Town Hall 1974(録音1974年11月27日/正式発売2018年、Real Gone Music)

1974年11月27日、ニューヨークのタウンホールで行われた2回のステージを収録。この夜の演奏は一部だけが1975年の名盤『Live Stock』に使われたに過ぎず(全21曲中6曲のみ)、残る14曲は40年以上封印されたままだった。2018年、Real Gone Musicがマルチトラックのオリジナルテープから2枚組(のちに3LP仕様も)としてついに完全版をリリースした。つまりこのアルバムは「1974年の録音」と「2018年の発売」という二重の時間軸を持つ、アーカイブ的な一枚と言える。スタジオよりもステージでこそ真価を発揮したと言われる彼の姿を、録音から半世紀近く経って初めて等身大で確認できる資料的価値の高い作品だ。
ブキャナンのギターテクニックが優れているのは、ライブでもジミーペイジのような崩れたリズムも変な単調なフレーズの繰り返しがないことだ。スタジオ録音並みの正確なリズムとフレーズが頭にイメージできていないような演奏がないことだ。ファーストアルバムの『Roy Buchanan(1972年、Polydor)』は別格でブキャナン自体は、ブルースベースのカントリーとロカビリーを融合させた音楽が持ち味なのだろう。このアルバムで確信した。
私が好きなアルバム
3枚の中で特に思い入れがあるのはファーストアルバム『Roy Buchanan』(1972年)。情緒的でありながらジャンルという枠組みを軽々と超えていく音楽性は、ブルースでもカントリーでもロックでもあり、そのどれでもない。無名の時代を経てようやく世に出た一枚だからこその切実さと、まだ商業的な思惑に染まりきっていない生々しさが同居している点に惹かれる。





