リンダ・ロンシュタット『風にさらわれた恋』MFSLゴールドCDレビュー|ノイズなき響きが際立たせる、爽やかな切なさ

はじめに

リンダ・ロンシュタットのアルバムはいくつか聴いた。歌のうまさは、どの作品でも変わらない。ただ、うまさに加えて「切なさ」まで感じられたのは、この『風にさらわれた恋(Hasten Down the Wind)』だけだった。

私が聴いているのはMobile Fidelity Sound Lab(MFSL)のゴールドCDだけで、他の盤との聴き比べはしていない。そのため本稿は「この盤がどう聴こえたか」の記録であり、盤同士の優劣を論じるものではない。

音楽業界に入るまで

リンダは1946年、アリゾナ州ツーソン生まれ。音楽一家で育ち、家ではメキシコ音楽やカントリー、ポップスが日常的に流れていた。この背景は後のキャリアを理解する鍵になる。本作にも父ギルバートとの共作曲「Lo Siento Mi Vida」が入っている(クレジットはリンダ、ケニー・エドワーズ、ギルバート・ロンシュタット)。

18歳でロサンゼルスへ出て、ケニー・エドワーズ、ボビー・キンメルとフォークロック・トリオ「ストーン・ポニーズ」を結成する。1960年代半ばのカリフォルニアで注目を集め、1968年にソロ活動へ踏み出した。1967年にはマイク・ネスミス作の「Different Drum」がヒットし、彼女の名が広く知られるようになった。

ソロでの飛躍とイーグルス

ソロ初期はロサンゼルスのライブハウス「トルバドール」周辺のシーンで、ニール・ヤングやジャクソン・ブラウンら新進のソングライターの曲を歌い、注目を集めた。

1971年、リンダのツアー用バックバンドに集められたのが、グレン・フライ、ドン・ヘンリー、バーニー・レドン、ランディ・マイズナーの4人だった。彼らはこの後にイーグルスを結成する。

ただし、イーグルスの面々が支えたのは1971年頃のリンダで、『風にさらわれた恋』の録音(1976年)ではない。本作を支えたのは次のミュージシャンたちだ。

  • アンドリュー・ゴールド(多楽器奏者。リンダとの共作曲「Try Me Again」もある)
  • ケニー・エドワーズ(ストーン・ポニーズ時代からの盟友でベース)
  • ワディ・ワクテル(ギター)
  • マイケル・ボッツ(ドラム)
  • ピーター・アッシャー(プロデューサー)

当時のStereo Review誌も、エドワーズのベースやボッツのドラム、ワクテルのギターを具体的に称賛している。

1974年の『Heart Like a Wheel』で全米1位を獲得し、「You’re No Good」もシングル1位となった。ここからリンダは70年代を代表する女性シンガーになる。

元々はどんなシンガーか

出発点はフォークロックで、そこからカントリーロックの文脈でスターになった。ただ、本人はジャンルに収まることを望んでいなかった。彼女はソングライターではなく、他人の曲を自分の声で解釈する「インタープリター」として自己を位置づけていた。

「自分が心から好きな歌を歌いたい」という姿勢は、その後のキャリアに一貫している。

  • 1980年代前半:ネルソン・リドル楽団とスタンダード集(『What’s New』など)
  • 1980年代前半:ミュージカル『ペンザンスの海賊』への出演
  • 1987年:メキシコの伝統音楽を歌った『Canciones de Mi Padre』。父から受け継いだルーツへの回帰
  • 1987年:ドリー・パートン、エミルー・ハリスとの『Trio』
  • 1989年:アーロン・ネヴィルとのデュエットを含む『Cry Like a Rainstorm』
  • 2004年:ジャズ・スタンダード集『Hummin’ to Myself』
  • 2006年:アン・サヴォイとのケイジャン音楽のアルバム『Adieu False Heart』

ロックのヒットメーカーという枠を自分で壊し続けた人であり、求めていたのは売れる音楽ではなく、自分が歌うに値する歌だったと言える。

その後と現在

最後のソロ作は2004年、最後のコラボ作は2006年、最後のライブは2009年で、2011年に引退を表明した。引退後に、声が出なくなる原因となった神経変性疾患を公表している。当初はパーキンソン病と診断されたが、のちに進行性核上性麻痺(PSP)と判明した。

栄誉は引退後にも続いた。2014年にロックの殿堂入りとナショナル・メダル・オブ・アーツ、2016年にグラミー賞の生涯功労賞、2019年にケネディ・センター名誉賞を受けている。2013年には回顧録『Simple Dreams』を出版し、2019年にはドキュメンタリー映画『Linda Ronstadt: The Sound of My Voice』が公開された。現在は歌うことはないが、彼女の残した録音は今も聴き継がれている。

アルバム『風にさらわれた恋』について

1976年8月発売。全米ポップチャート3位、カントリーチャートでは1位を記録し、グラミー賞の最優秀女性ポップ・ボーカル賞を受賞した。

選曲は、リンダの「歌の目利き」としての力がよく出ている。

  • ウォーレン・ゼヴォン作のタイトル曲
  • カーラ・ボノフ作の「Lose Again」「Someone to Lay Down Beside Me」
  • トレイシー・ネルソン作の「Down So Low」
  • パッツィー・クライン、バディ・ホリーのカバー(「Crazy」「That’ll Be the Day」)

「Down So Low」をアルバムの最良曲とする評もある。私は曲調としては『If He’s Ever Near』の方がいいし、『Lose Again』を聴いてノックアウトされてしまった。

ジャケットも印象的だ。海辺に立つリンダと走る馬は、ロマンス小説の世界への目配せだとMFSLは説明している。

聴いた印象:若草物語のような切なさ

私の耳には、この音は明るく爽やかでありながら、どこか切ない。暗く沈む悲しみではない。『若草物語』のような、清らかさの中に少しだけ影が差す感じに近い。他のアルバムでは「歌のうまさ」が先に立つが、この作品では歌が感情そのものとして届く。

MFSLのゴールドCDで聴くと、ノイズ感がなく、響きはマイルドだ。音が角を立てずに広がるので、声の切なさがそのまま残る。この穏やかさが、作品の持つ爽やかな切なさを引き立てているように感じる。

口コミ・評価

アルバムとしては、『Duets』『ライヴ・イン・ハリウッド』の方がリンダらしくていいという声もある。歌のうまさは確かに感じるが、心に響いてこない。別世界に連れて行ってくれるような感じのことだ。

アルバムそのものの評価

評価元内容
当時の批評Stereo Review(1976年11月)は「最も格調高く、長く聴かれる作品かもしれない」という趣旨で高く評価
一部の否定的評価発売当時は「商業的すぎる」「作り込みが過ぎる」「ジャンルが散らかっている」と見る批評家もいた
一般の評価Album of The Yearでは批評家スコア60(2件)、ユーザースコア67(15件)。母数が少ないため参考程度

MFSL盤の評価

  • 2009年リリースのUltradisc II 24KTゴールドCD(UDCD 783)で、レビューサイトMusical Discoveriesは好意的に評価している
  • 海外オーディオフォーラムでは意見が割れている。「ボーカルがやや加工されて聞こえる」「オリジナルCDのほうが良い」という声と、「素晴らしい音」とする声が並んでいる
  • 同じMFSLのLP(MFSL 1-319)はDiscogsで平均4.19点(52件)。ただしこれはLPの評価で、CDの評価ではない

MFSL盤は「誰が聴いても最高」というより、「マイルドで聴きやすい音が好みに合えば強い」盤なのだと思う。私にはその方向がぴったり合った。

まとめ

歌のうまさなら他のアルバムにも負けない作品はある。しかし、うまさの向こうに切なさが見えるのはこの一枚だけだった。MFSLゴールドCDのノイズのない穏やかな響きは、その切なさを聴くのにちょうどよい環境を作ってくれる。


TOPへ